【弁護士解説】氏(苗字)変更の方法とやむを得ない事由の例とは?

「自分の苗字を変更する方法を知りたい」

「離婚時に婚姻時の氏を継続したけど、生来氏(旧姓)に戻したい」

「氏を変更できる場合の判断基準(=やむを得ない事由)が知りたい」

「苗字を変更したい」とか「憧れの苗字に変更したい」と考えたことがあるのではないでしょうか。

昨今の夫婦の姓の在り方に関する議論が深まり、また、職場における通称の使用も広く認められるようになっています。

本記事では、通称としての使用ではなく、戸籍上の苗字(=氏)の変更について弁護士が法的な観点から解説させていただきます。

苗字(氏)が変わる2つのパターン

苗字(氏)が変わるパターンについて、法律は2つの場面を定めています。

  1. 氏の変動
  2. 氏の変更

法律は、①氏の変動と②氏の変更の場合に、名字を変えることができることを規定しています。

「氏の変動、氏の変更?何が違うのか」と思われるかもしれません。

そこで、まずは「氏の変動」と「氏の変更」について簡単に解説させていただきます。

氏の変動とは?

まずは、①氏の変動について解説をしたいと思います。

氏の変動は、婚姻、離婚、養子縁組等の身分行為によって、法律上、当然に氏が変わることを言います。

例えば、民法750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」と定めています。夫婦別姓の議論は活発にされているところですが、2024年4月時点において、夫婦別姓は実現しておりません。そのため、婚姻をした場合、夫婦のいずれか一方は、他方の氏に変更しなければなりません。

このように婚姻という身分行為によって、当然に氏が変動することになります。

これを「氏の変動」といいます。

「氏の変動」は身分行為に伴って当然に氏を変更するものであり、自らの意思で氏を変更することはできません。

「氏の変動」については、以下の記事で詳しく解説をしています。

氏の変動とは?氏の変更との違いを弁護士が解説

POINT氏の変動は、婚姻、離婚、養子縁組等の身分行為によって、法律上、当然に氏が変わること

氏の変更とは?

しかし、法律は、身分行為に伴った氏の変動だけではなく、自らの意思によって変更することができる制度を用意しています。

それが「氏の変更」です。

「氏の変更」は、一定の条件を満たす場合に、自らの氏を変更することが出来る制度です。

法律は、自らの意思で氏を変更できる場合として、7つの場面を定めています。

①夫婦の一方が死亡した場合、残された配偶者が自らの意思によって婚姻前の氏に元すことができる
②離婚による復氏から、婚姻中の氏に変更(続氏)することができる(民法762条2項)
③離縁による復氏から、養子縁組中の氏に変更することができる(民法816条2項)
④外国人と婚姻した人が配偶者の氏に変更する場合、婚姻から6ヶ月以内に限り、届出で変更することができる(戸籍法107条2項)
⑤外国人と婚姻し配偶者の氏に変更した人が、離婚などした場合、3か月以内に限り、変更の際に称していた氏に届出で変更することができる(戸籍法107条3項)
⑥子が、父又は母と氏を異にする場合には、子は自分自身で家庭裁判所の許可を得て、父又は母の氏を称することができる
⑦「やむを得ない事由」がある場合、家庭裁判所の許可により氏の変更ができる(戸籍法107条1項)

自らの意思によって変更することができる、と紹介をしましたが、①乃至⑥は、かなり限られた場面です。

したがって、好き勝手に氏の変更することができるわけではなく、一定の条件を満たす場合に限り、氏の変更を選択できる(当然の変更ではない)という程度にすぎません。

①乃至⑥については、具体的な適用場面が条文上、明らかであるため、ご本人でも対応が可能と思われ、相談を受けることは多くありません。

他方で、⑦の場合、すなわち、「やむを得ない事由」という要件は抽象的です。そのため、条文上、具体的な適用場面がよく分からないため弁護士が相談を受けることが多いです。

「やむを得ない」という要件は、その分文理解釈上、法律上の要件として厳格です(認められるハードルが高い、ということです)。

したがって、戸籍法107条1項に基づき氏を変更したい場合には、「やむを得ない事由」があることを家庭裁判所に対して、積極的に論証する必要があります。

したがって、もしこの記事を読まれている方がどうしても氏を変更したいのであれば、弁護士に、⑦に基づく「氏の変更」が出来ないか相談されるとよいでしょう。

では、どのような場合に「やむを得ない事由」が認められるのでしょうか。

Tips氏の変更ができる場面として大きく7つの場面があるが、弁護士に相談する意義が大きいのは「やむを得ない事由」に基づく変更

戸籍法107条1項「やむを得ない事由」の具体例

さて、それでは、抽象的な「やむを得ない事由」とは具体的にどのような場合を指すのかを解説していきたいと思います。

「やむを得ない事由」は、より具体的には「通姓に対する愛着などのような主観的事情だけでは足りず、呼称秩序の不変性確保という国家的、社会的利益を犠牲にするに値するほどの客観的必要性が存すること」と説明されることがあります。

かなり難しい表現ですが、「氏」には、人の特定や他人との識別する重要な役割や家族としての呼称としての機能もあるため、軽々に変更することは許されず、これらの氏の機能、利益を犠牲することが正当化できるだけの事情が必要だ、ということです。

家庭裁判所の過去の決定例から、「やむを得ない」事由に基づく変更が認められる画面が、一定程度、類型化されています。

  1. 難解・珍奇な名字の場合
  2. 婚氏続称後の旧姓への変更
  3. 永年使用の場合
  4. 離婚後の婚氏続称期間経過後の婚氏への変更

その類型について簡単に説明をさせていただきます。

①難解・珍奇な名字の場合

難解・珍奇な名字の場合には「やむを得ない事由」があると考えられています。しかし、この「難解・珍奇な名字」に当たるのは非常に限られた場合であり、すこし変わった名字の程度では、「やむを得ない事由」があるとは認められません。

過去、家庭裁判所にて「やむを得ない事由」がありとされた名字は以下のとおりです。

○大楢(おおなら):オナラを連想させる。
○大工(だいく):特定の職業を連想させ、誤解が生じる。

他方で、やむを得ない事由に該当しないとされたものには以下があります。

×入口(いりぐち):一般にありふれた氏ではないが、文字から受ける感じも著しく珍奇ともいえない
×三角(さんかく):何ら著しい珍奇又は侮べつの意味はなく、難読難書でもない。

①による氏の変更もかなり限定的と理解しておいた方がよいでしょう。

なお、誤記や俗字を正字に訂正する場合、市町村長による訂正が可能なため、戸籍法107条1項に基づく手続きは不要です。

②婚氏続称後の旧姓への変更(離婚後に旧姓に戻す)

例えば、

「田中A子」さんが、「木村B男」と結婚し、「木村A子」に変更した。その後、離婚をしたけども、子供のことを考えて、離婚後も婚氏、つまり「木村」氏を継続した(続氏)。
その後、子供らが自立し、実家に帰郷し、母と同居するようになった。「木村」氏である必要がなくなり、また、母と同じ氏である旧姓の「田中」に戻したい。

というケース。

上記の例であれば、「やむを得ない事由」があると認められる可能性があります。しかし、上記はかなり単純化して説明をしていますが、婚氏(上記の例でいえば「木村」姓)を継続することの支障が極めて大きいことを積極的に論証する必要があります。

また、なぜ、このタイミングで「氏の変更」が必要なのかを説明する必要もあります。家庭裁判所からすれば、これまで旧姓ではなく、婚姻氏で生活ができているのであるから、今更、変更する必要はないでしょう、と考えます。なぜ、今なのかを合理的に説明してあげる必要があるでしょう。

「婚氏続称後の旧姓への変更」つまり、「離婚後に旧姓に戻したい」は、認められる可能性があります。可能性を高めるためにも弁護士に相談することをおすすめ致します。

なお、婚氏続称の事例において、やむを得ない事由を緩和的に解する裁判例もみられますが、中には、以下のように緩和的に解するべきではないとした裁判例もあります。裁判例においても、判断が分かれているため、最終的には、個別事情を踏まえた家庭裁判所の判断次第、ということになります。

◆大阪家審52年8月29日

離婚に際し、婚氏俗称の届け出をしたということは、実質的には氏の変更をと同じことをしたことになる。したがって、婚氏続称を選択した者が婚姻前の実方の氏への変更を求める場合は、婚姻中の婚氏使用期間が特に短いとか、婚氏続称の届出につき虚偽表示や錯誤がある等特別の事情がない限り、通常の氏の変更の場合よりも「やむを得ない事由」を特に緩和して解すべきでない。
🔦解決事例🔦
氏の変更に成功した事例をご紹介させて頂きます。依頼者様は長年にわたり婚氏「Y村」を続称してきましたが、様々な理由から旧姓である「Z川」に戻すことを希望していました。
このケースでは、主に①婚氏続称の理由が消滅したこと、②婚氏を続称する不便・不都合、③氏の変更の不当な動機がないことを具体的な事情を基に主張しました。
また、それらを裏付けるものとして、申立人ご本人の陳述書、ご親族の陳述書を作成し、提出をしました。さらに、過去の裁判例を基に、婚氏から旧姓に変更する際は、「やむを得ない事由」は緩やかに解釈されるべきことを主張をしました。
この結果、氏の変更が認められました。
婚氏続称後の旧姓への変更(離婚後の旧姓への変更)については、以下の記事で詳細に解説しています。

【弁護士解説】離婚して子供が大きくなったので旧姓に戻すことはできるか?

③永年使用の場合

戸籍上の氏とは異なる氏を長期間に渡り使用していた場合、氏の変更が認められる可能性があります。

過去の例では、戸籍上の氏と異なる氏の永年使用を理由に氏の変更が許されるには、仮の氏が長期間に渡り社会生活全般において使用されたため、その氏が戸籍上の氏のように扱われ、戸籍上の氏を使用するとかえって別人と間違えられて、本人が困るばかりでなく、その人をめぐる社会にも混乱を生ずるような場合で、かつ、その仮の氏を使用するについて合理的な理由があることを要するもの、とされています。永年使用のケースも氏変更が許可されるのはかなり限られています。

また、単に永年使用をしてきただけでなく、通称(仮の氏)を使用した経緯やその後の状況、通称を使用する際の社会生活上の支障の程度等が考慮されることになります。

④離婚後の婚氏続称期間経過後の婚氏への変更

離婚の際に、婚氏を引き続き使用したい場合には、離婚後3か月以内に届け出をする必要があります。

この3か月の経過よりさほど時間が経過していない場合には、緩やかな基準で認容されている事例があります(東京高決平成元年2月15日)

(離婚による復氏等)
第七百六十七条 婚姻によって氏を改めた夫又は妻は、協議上の離婚によって婚姻前の氏に復する。
 前項の規定により婚姻前の氏に復した夫又は妻は、離婚の日から三箇月以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、離婚の際に称していた氏を称することができる。
Tips
・やむを得ない事由が認められる場面は、家庭裁判所の過去の決定例上、一定の類型化がされている。
・あなたがどれかの場面に当てはまるのであれば、氏の変更が認められる可能性があります。

氏の変更の申立の方法

「やむを得ない事由」に基づく氏の変更は、家庭裁判所の許可が必要です。

そして、家庭裁判所から許可を得るためには、氏の変更許可の申立をする必要があります。

ここからは、家庭裁判所に対する「氏の変更許可の申立の方法」について解説させていただきます。

氏の変更許可の申立ができる人

「やむを得ない事由」により氏の変更許可の申し立てができる人は以下のとおりです。

  • 戸籍の筆頭者及びその配偶者
戸籍法第百七条 
やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない

氏の変更許可の申立先

氏の変更許可を申し立てる人が居住する管轄の家庭裁判所です。

氏の変更許可の申立に必要な書類

一般的に、氏の変更許可の申立に必要とされる書類は以下のとおりです。

  1. 申立書
  2. 申立人の戸籍謄本
  3. 氏の変更の理由を証する資料
  4. 同一戸籍内にある15歳以上の者の同意書

事案によって、追加すべき書類もあります。

①申立書

②申立人の戸籍謄本

婚氏続称のケースでは、婚姻前(養子縁組前)の申立人の戸籍(除籍、改製原戸籍)から現在の戸籍までのすべての謄本の提出が求められることがあります。

③氏の変更の理由を証する資料

「やむを得ない事由」を証明する資料が必要となります。

④同一戸籍内にある15歳以上の者の同意書

氏の変更は、同一戸籍内のすべての方に効力が及びます。つまり、筆頭者の氏が変更されることにより、同一戸籍内の方の氏も変更されることになります。

そのため、同一戸籍内にある15歳以上の者の同意書が必要とされています。

家庭裁判所における審査は、基本的に書面審査です。

家庭裁判所に提出する書面、書類は非常に重要ですから慎重に検討されるのが良いかと思います。

氏変更の許可後の手続き

家庭裁判所から氏の変更許可が出たら、自動的に氏が変更されるわけではありません。

以下の手順を踏む必要があります。

  1. 許可審判書謄」本の受け取り
  2. 家庭裁判所に対して「確定証明書」を申請する
  3. 役所に「氏の変更届」を提出する

それぞれ簡単に説明させて頂きます。

①「許可審判書謄本」の受け取り

まず、家庭裁判所から氏の変更許可がされた場合、「許可審判書謄本」が作成されます。
許可審判所を受け取ってから2週間で、許可審判が確定します。

②家庭裁判所に対して「確定証明書」を申請する

許可審判が確定したら、家庭裁判所に対して「確定証明書」を申請する必要があります。
注意点は、許可審判が確定したら、自動的に発行されるものではありません。申立人側で申請をする必要があります。

③役所に「氏の変更届」を提出する

(大阪市HP「氏の変更届」より)

「許可審判書」及び「確定証明書」がそろったら、役所に「氏の変更の届出」を提出してください。
届出先の役所は、申立人の本籍地又は住所地の役所になります。住所地の役所に届け出をする際には、戸籍謄本の提出を求められることがあります。

最後に

本記事のポイントを整理すると、以下のとおりです。

POINT・氏が変わるのは2つのパターンがある
・氏の変更には家庭裁判所の許可が必要
・許可が下りるのは「やむを得ない」事由が認められる場合のみ
・珍奇、難読な名字は変えられる可能性がある
・婚氏から旧姓への変更は認められる可能性がある

「やむを得ない事由」の判断基準は、はっきりしておらず、最終的には、裁判官が氏の変更をするべきか、するべきではないか、という価値判断に依ることになります(その当時の社会の考え方も影響します)。一般の方が、裁判官を説得することは容易いことではなく、可能であれば、弁護士から助言を受ける、又は、代理人として対応を依頼するのが無難でしょう。

氏は一生ものです。

「生まれながらの氏に変更をしたい」と強く願うのであれば、弁護士に一度、相談をしてみてください。

弁護士 山村真吾

弁護士 山村真吾

・ベンチャー精神を基に何事にもフレキシブルに創造性高く挑戦し、個々の依頼者のニーズを深く理解し、最適な解決策を共に模索します。|IT、インターネットビジネス、コンテンツビジネスに精通しており、各種消費者関連法、広告・キャンペーン等のマーケティング販促法務や新規サービスのリーガルチェックを得意とします。|一部上場企業から小規模事業まで幅広い業態から、日常的に契約書レビューや、職場トラブルや定時株主総会の運営サポート等の法的問題に対応した経験から、ビジネスと法律の橋渡し役として、法的アドバイスを行います。|その他マンション管理案件、氏の変更、離婚、遺言相続、交通事故等の一般民事案件にも精力的に取り組んでいます。

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