船場エリアには、何代にもわたって商いを営んできた老舗企業が数多くあります。「自社ビルの1階は店舗、上階は自宅」という形で、事業と暮らしが一体になっているケースも珍しくありません。
しかし、こうした会社のオーナー社長が遺言を残さないまま急逝すると、思わぬ形で会社の存続そのものが揺らぐことがあります。今回は、自社ビルと自社株式が相続人(兄弟姉妹)の間で分散してしまうリスクと、それを防ぐための遺産分割の鉄則について解説します。
よくある相談ケース
船場で3代続く卸売業を営むA社長が、遺言を残さず急逝しました。相続人は、長らく専務として経営を手伝ってきた長男と、会社経営には関わっていない次男・長女の3人です。
A社長の主な遺産は、①店舗兼自宅として使っている自社ビル、②A社の自社株式(発行済株式のほぼ全部)、③預貯金でした。法定相続分で分けるとすれば、自社ビルも自社株式も、きょうだい3人がそれぞれ3分の1ずつ共有・保有することになります。
長男は「自分が代表を継いで経営を続けたい」と考えていますが、次男・長女は「実家(自社ビル)も株式も、自分の取り分に見合う現金が欲しい」と主張し、話し合いは平行線になってしまいました。
なぜ「共有・分散」が危険なのか
① 自社株式が分散すると、会社の意思決定が止まる
株主総会の特別決議(役員の解任、定款変更、事業譲渡など)には、議決権の3分の2以上の賛成が必要です。自社株式がきょうだい3人にほぼ均等に分散すると、経営に関わらない相続人の同意が得られない限り、重要な意思決定ができなくなるおそれがあります。最悪の場合、後継者が実質的に会社を動かせない「所有と経営のねじれ」状態に陥ります。
② 自社ビルが共有になると、事業継続に支障が出る
店舗兼自宅である自社ビルが共有名義になると、法律上は共有者全員の同意がなければ売却や大規模な変更ができません。また、経営に関わらない相続人から「賃料相当額を払ってほしい」「持分を買い取ってほしい」と請求される可能性もあり、事業用の資金繰りを圧迫しかねません。
③ 遺産分割協議が長引くほど、会社の信用に関わる
取引先や金融機関は、代表者の交代や株主構成の混乱を敏感に見ています。相続争いが長期化すれば、取引継続や融資審査にも悪影響が及ぶことがあります。
分散を防ぐための遺産分割の鉄則
鉄則1:事業用資産と個人資産を分けて考える
自社ビルや自社株式のような「事業を続けるために不可欠な資産」と、預貯金など「分けやすい資産」を区別し、後継者には事業用資産を集中させ、他の相続人には現金や代償金で調整するという発想が出発点になります。
鉄則2:後継者に代償金を準備させる(代償分割)
自社ビル・自社株式を後継者が単独で取得する代わりに、他の相続人へ代償金を支払う「代償分割」は、事業承継の場面で最もよく使われる手法です。ただし、代償金の原資(生命保険の活用や、会社からの役員退職金の設計など)は生前から準備しておく必要があります。
鉄則3:公正証書遺言で「誰に何を継がせるか」を明確にしておく
最大の予防策は、社長自身が元気なうちに公正証書遺言を作成しておくことです。自社ビルと自社株式を後継者に承継させる旨を明記しておけば、遺産分割協議そのものを回避でき、争いのリスクを大きく減らせます。
鉄則4:遺留分への配慮を忘れない
後継者に資産を集中させる遺言を作成しても、他の相続人には「遺留分」という最低限の取り分が法律上保障されています。遺留分を無視した遺言は、後になって「遺留分侵害額請求」を招き、結局は後継者が多額の金銭を支払う羽目になることもあります。生前から遺留分に配慮した設計(生命保険の活用、生前贈与の調整など)をしておくことが重要です。
鉄則5:種類株式や属人的株式など会社法の制度も検討する
配当優先株式や議決権制限株式といった種類株式、非公開会社に認められる属人的株式の制度を使えば、後継者以外の相続人にも財産的な価値を分配しつつ、議決権(経営の主導権)は後継者に集中させるという設計も可能です。
まとめ
自社ビルと自社株式が相続人の間で分散してしまうと、遺産分割の話し合いが長引くだけでなく、会社の経営そのものが立ち行かなくなるリスクがあります。船場のように事業と暮らしが一体になっている会社ほど、早めの対策が欠かせません。
「うちの場合はどう備えればいいのか」「もう相続が発生してしまい、兄弟間で話がまとまらない」という方は、お一人で悩まず、事業承継・相続案件に力を入れる弁護士へご相談ください。
本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言ではありません。具体的な事案については弁護士にご相談ください。







