こんなご相談が増えています
「相手方(他の相続人)が紹介してきた税理士の先生に相続税申告をお願いすることになり、その先生から遺産分割協議書の案を提示された。
『中立な立場で作成しています』と言われたが、内容を見ると、どうも相手方に有利な内容になっている気がする」
このようなご相談を、当事務所では数多くお受けしています。
税理士の先生が意図的に偏った内容を作っているというケースは、ほぼ考えられません。
多くの場合、税理士の先生はご自身の職責を誠実に果たそうとされています。しかし、その職責の性質上、結果として相続人の一方に有利な内容の協議書案ができあがってしまうことがあるのです。
この記事では、なぜそのようなことが起こりうるのか、そしてご自身が納得のいく形で遺産分割を進めるために何を確認すべきかを解説します。
1. 相続税申告までに遺産分割協議書を完成させる必要はない
まず知っておいていただきたいのは、相続税の申告期限(相続開始から10か月以内)までに、遺産分割協議書を必ず完成させなければならないわけではないということです。
相続税申告の実務上、期限内に遺産分割がまとまらない場合は、法定相続分で「未分割」のまま申告し、後日、遺産分割が成立した時点で修正申告や更正の請求を行うという方法があります。
もちろん、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例など、未分割のままでは使えない、あるいは適用に別途手続が必要になる特例もあるため、税務上のデメリットが生じる場合はあります。
しかし、それは「多少の税務上の不利益を許容してでも、正確な内容で協議を成立させる」ことと天秤にかけて判断すべき問題であり、「申告期限があるから」という理由だけで、納得のいかない内容の協議書に急いでサインをする理由にはなりません。
期限が迫っていることを理由に判断を急かされていると感じたときこそ、一度立ち止まって内容を精査することが重要です。
2. 不動産の評価額は「相続税評価額」と「実勢価格」で異なる
遺産分割協議でトラブルになりやすいのが、不動産の評価額です。
相続税の申告では、不動産は「相続税評価額」(路線価や固定資産税評価額をベースに計算される金額)で評価します。これは税務上の便宜的な評価方法であり、実際にその不動産を売却した場合に得られる金額(実勢価格・時価)とは、多くの場合一致しません。一般的な傾向として、相続税評価額は実勢価格よりも低く算出されることが多いとされています。
一方で、遺産分割協議における財産評価は、原則として遺産分割時点の実勢価格(時価)で行うべきとされています。これは、相続人間の実質的な公平を図るためです。
ここで注意が必要なのは、税理士の先生はあくまで「相続税」の専門家であり、相続税評価額を基準に遺産の一覧や分割案を作成されることが多いという点です
。もし提示された遺産分割協議書案が、相続税評価額をそのまま用いて、単純に法定相続分どおりに分割する内容になっている場合、その不動産を取得する相続人が、実勢価格ベースで見れば法定相続分を超える価値を取得している可能性があります。
不動産を含む遺産分割協議書案を提示されたときは、
- その評価額が相続税評価額なのか、実勢価格なのか
- 実勢価格ベースで計算し直した場合、分割内容に変化はないか
を必ず確認してください。
3. 焦って協議書を締結すると、後から追及できなくなる恐れがある
遺産分割協議書は、いったん相続人全員が署名押印して成立すると、原則として撤回や再協議が困難になる、法的拘束力の強い書面です。
急いで協議書を締結してしまうと、次のような場面で不利益を被る可能性があります。
- 後から新たな相続財産が発見された場合
協議書の中に「本協議書に記載のない財産が後日発見された場合の扱い」についての条項がなかったり、相手方に有利な内容(発見者が単独取得する等)になっていたりすると、新たに見つかった財産について、当然には法定相続分に応じた分配を受けられない可能性があります。 - 被相続人の生前に、相手方による使い込み(使途不明金)が疑われる場合
協議書に清算条項(「本協議書に定めるもののほか、相続人間に何らの債権債務がないことを相互に確認する」といった内容の条項)が入っていると、後になって使い込みの事実が発覚しても、原則としてその請求ができなくなってしまう恐れがあります。
使途不明金の疑いがある場合は、協議書を締結する前に、被相続人名義の預貯金口座の取引履歴を取得するなどして、生前の資金の動きを確認しておくことを強くお勧めします。
疑わしい点があるにもかかわらず、それを解明しないまま清算条項付きの協議書にサインしてしまうと、事実上、その後の追及の道が閉ざされてしまいます。
4. 税理士の先生の役割と、遺産分割協議書案に偏りが生じる構造的な理由
繰り返しになりますが、これは税理士の先生が不誠実だという話ではありません。
税理士の先生の本来の職責は、依頼者の相続税評価額を適正に抑え、相続税の負担を軽減しながら、正しい納税を実現することにあります。この観点から遺産分割の組み方を検討すると、例えば、
- 小規模宅地等の特例が使える形で不動産を誰が取得するか
- 二次相続(配偶者が亡くなった際の相続)まで見据えた税負担の最小化
- 相続税評価額をベースにした形式的な法定相続分での分割
といった「税務上、合理的な」提案がなされることになります。
しかし、これらはあくまで相続税を抑えるという目的から見た合理性であり、相続人間の実質的な公平や、個々の相続人の事情・意向を反映したものとは限りません。
さらに、税理士の先生に相続税申告を依頼したのが相手方相続人であり、相手方と長年の付き合いがあるといった事情がある場合、悪意はなくとも、無意識のうちに相手方側の意向が色濃く反映された提案になりやすい、という構造的な問題もあります。
つまり、「中立公平な立場で作成しています」というお言葉自体に嘘はなくても、税理士としての職責の性質上、結果として一方に有利な内容になりやすい、ということは十分にあり得るのです。
5. 税理士の先生を信頼していても、サインの前に必ず弁護士のリーガルチェックを
以上を踏まえ、遺産分割協議書にサインをする前には、たとえその税理士の先生を信頼していたとしても、必ず弁護士によるリーガルチェックを受けることをお勧めします。
遺産分割協議書は、一度サインをするとやり直しのきかない書面です。
「税理士の先生が作ってくれたものだから」と安心してサインをする前に、一度弁護士にご相談いただくことで、後になって「もっとよく確認しておけばよかった」という後悔を避けることができます。
まとめ
- 相続税申告期限に間に合わせるために、遺産分割協議書を急いで完成させる必要はありません
- 不動産の評価は、相続税評価額ではなく実勢価格で行うのが原則です。相続税評価額を基にした分割案には注意が必要です
- 焦って清算条項付きの協議書にサインすると、後から新たな財産や使途不明金が見つかっても対応できなくなる恐れがあります
- 税理士の先生の職責上、悪意なく一方に有利な内容の協議書案ができてしまうことがあります
- サインをする前に、必ず弁護士によるリーガルチェックを受けましょう
遺産分割協議書の内容に少しでも疑問や不安を感じたら、締結前に一度、相続を専門とする弁護士にご相談ください。







