大阪市内、とくに中央区・浪速区・西成区・阿倍野区などの下町エリアには、大正から昭和初期にかけて建てられた「長屋」が今も数多く残っています。
相続が発生した際、戸建て住宅やマンションに比べて、この長屋の遺産分割は驚くほどこじれるケースが多く見られます。本記事では、なぜ長屋の遺産分割が難航しやすいのか、法律的な観点から整理して解説します。
1. 長屋特有の権利関係の複雑さ
長屋の相続が揉める理由として、長屋に関する権利関係が極めて複雑なことが挙げられます。
建物が一棟として登記されていることが多い
長屋は、外観上は数戸に区切られていても、建物登記簿上は「一棟の建物」として登録されているケースが少なくありません。マンションのように区分所有建物として各住戸が独立した登記(区分建物登記)になっていない場合、法律上は建物全体が不可分の一つの資産として扱われます。
そのため、相続人の一人が「自分が住んでいる部分だけを相続したい」と考えても、単純にその希望をかなえることができません。
敷地の権利関係が複雑
長屋は建物だけでなく、敷地の権利関係も複雑なことが多い物件です。戦前・戦後の混乱期に建てられたものが多いため、
- 敷地が数世帯で共有されている
- 敷地の一部が借地(旧借地法適用の借地権)である
- 建物と土地の名義人が異なる
- 敷地の所有者も相続を重ねており現在の所有者が分散している
といった状態がよく見られます。
借地権付き長屋の場合、地主との関係(賃料の支払い、契約の承継、更新料など)も相続に絡んでくるため、単純な遺産分割協議では済まないケースが多くなります。
2. 建築基準法上の制約による評価・処分の難しさ
大阪市内の長屋には、敷地の接道条件が現在の建築基準法の基準(同法43条の接道義務、幅員4m以上の道路に2m以上接すること)を満たさないものも少なくありません。
建築基準法42条2項によるいわゆる「みなし道路」に接しているだけの敷地も多く、これらは一般的に「再建築不可物件」と呼ばれます。
再建築不可・制限がある物件は、
- 金融機関の担保評価が低く、売却時のローン利用が難しい
- 買い手が限られ、市場での売却がスムーズに進まない
- 不動産業者による査定額に大きな開きが出やすい
という特徴があります。
遺産分割協議において不動産を売却して代金を分ける「換価分割」を選ぼうとしても、そもそも思うように売れない、あるいは想定より大幅に安い金額でしか売れないという事態が起こりやすく、これが相続人間の不満や対立の火種になります。
3. 老朽化と修繕・解体費用の負担問題
昭和初期に建てられた築80年~100年前後の長屋も珍しくなく、老朽化が進んでいる建物が多いのが実情です。
相続人の中には「早く解体して更地にして売却したい」という人もいれば、「賃貸に出して家賃収入を得たい」「実家として住み続けたい」という人もおり、方針が一致しないことがよくあります。
さらに、老朽化した長屋は、
- 耐震性に問題がある
- 雨漏りや白蟻被害などの修繕が必要
といった事情から、維持するにも解体するにも一定の費用負担が発生します。
この費用を誰がどう負担するかという点も、遺産分割協議を長引かせる大きな要因です。
4. 賃借人がいる場合の権利調整
長屋の一部あるいは全部を第三者に賃貸しているケースでは、被相続人の賃貸人としての地位(賃貸借契約上の権利義務)も相続の対象になります。
借地借家法によって借家人の居住は強く保護されているため、相続人の意向だけで簡単に契約を解除したり、明け渡しを求めたりすることはできません。
また、相続開始後に発生する賃料をどの相続人が受け取るのか、修繕義務を誰が履行するのかといった実務的な調整も必要になり、これが遺産分割協議を複雑にする一因となります。
5. 相続人の数が多くなりがちな点
長屋は古くからの家系で承継されてきた物件が多く、過去の相続の際に遺産分割協議や相続登記が行われないまま放置されている、いわゆる「数次相続」の状態になっていることが少なくありません。一次相続、二次相続と相続が繰り返されるうちに、法定相続人の数がねずみ算式に増え、関係が疎遠な相続人や所在不明の相続人が現れることもあります。
相続人の数が多くなるほど、
- 全員の合意を得ることが困難になる
- 一部の相続人と連絡が取れない、または協力が得られない
- 相続分をめぐる利害が複雑に絡み合う
といった問題が生じやすくなり、遺産分割協議がなかなかまとまらないことも多いです。
6. 相続登記の未了と義務化への対応
これまで相続登記(不動産の名義変更)には期限がなく、放置されていても罰則はありませんでした。
しかし、令和6年(2024年)4月1日施行の改正不動産登記法により、相続によって不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記を申請することが義務化されました。正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象となる可能性があります。
長屋のように何世代も相続登記がなされていない物件では、この義務化に対応するために、まず現在の正確な相続人を確定する作業(戸籍謄本の収集など)から始めなければならず、これだけでも相当な時間と労力がかかります。
数次相続が絡んでいる場合は、相続人の確定作業がさらに複雑になります。
7. 遺産分割の方法とその難しさ
遺産分割には主に次の3つの方法があります。
- 現物分割
不動産をそのまま誰か一人が取得する方法。ほかの相続人への配慮(代償金の支払いなど)が必要になることが多い。 - 代償分割
不動産を取得する相続人が、ほかの相続人に代償金を支払う方法。長屋のように評価額の算定が難しい物件では、適正な代償金の額をめぐって対立しやすい。 - 換価分割
不動産を売却し、代金を相続分に応じて分配する方法。前述の再建築不可・老朽化の問題から、売却自体が難航しやすい。
いずれの方法も、長屋特有の事情(権利関係の複雑さ、建築基準法上の制約、老朽化、賃借人の存在など)によって、通常の不動産以上に調整が難しくなる傾向があります。
8. まとめ:早期の専門家への相談が重要
大阪市内の長屋の遺産分割が揉めやすい背景には、
- 建物・敷地の権利関係が複雑であること
- 再建築不可・制限といった建築基準法上の制約
- 老朽化に伴う修繕・解体費用の負担問題
- 賃借人がいる場合の権利調整の必要性
- 数次相続による相続人の増加
- 相続登記の未了と義務化への対応
など、複数の要因が絡み合っています。これらは一般的な戸建て住宅の相続に比べて専門性の高い判断を要する場面が多く、相続人だけで協議を進めようとすると、感情的な対立に発展したり、手続きが長期化したりしがちです。
長屋を含む相続財産について協議が難航している場合や、そもそも相続人の確定や不動産の評価に不安がある場合は、早い段階で弁護士や司法書士、不動産鑑定士などの専門家に相談することをお勧めします。
長屋の相続問題は弁護士だけでは解決するのが難しく、司法書士や土地家屋調査士、不動産事業者との連携が欠かせません。
当事務所では、相続問題に関して、他士業と連携して、対応にあたっておりますので、複雑な長屋の相続問題に関しても、お力になれるかと思います。
※本記事は一般的な法律解説を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。具体的な相続案件については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。







